相対論的レイトレーシング
ブラックホールと相対性理論の図解ガイド

時空に曲げられる光

ブラックホールはどのような仕組みで、実際にはどう見えるのでしょうか。11の短いレッスンで、動く図とともに解説します。さらに4つのリアルタイムシミュレーションで、ブラックホールの周りを飛び、その中へ落ち、ワームホールを抜け、光速近くまで加速できます。すべてのピクセルが、曲がった時空をたどってきた一本の光線です。

第1部

ブラックホールの仕組み

ブラックホールは宇宙でいちばん単純な天体であり、いちばん奇妙な天体でもあります。あるのは質量とスピン、そして何ものも抜け出せない境界だけ。11の短いレッスンで、物が落ちる理由から、ブラックホールが輝く理由までをたどります。数学の知識は必要ありません。数式は、興味のある方のために添えてあります。

  1. 01重力は時空のかたち
  2. 02光さえ逃げられない重さ
  3. 03ブラックホールの誕生
  4. 04事象の地平面
  5. 05光子球とシャドウ
  6. 06降着円盤
  7. 07円盤が上に回り込んで見えるわけ
  8. 08片側だけが明るく輝く
  9. 09スピン
  10. 10スパゲッティ化
  11. 11ブラックホールは永遠に存在するのか
レッスン 01全11回

重力は時空のかたち

物が落ちるのは、空間と時間が曲がっているからです。

ニュートンは重力を、質量どうしが引き合う「力」として説明しました。1915年、アインシュタインはこの力を幾何学に置き換えます。質量とエネルギーは、空間と時間が織りなす4次元の布地「時空」を曲げます。そして惑星から光まで、あらゆるものがその中を、できるかぎりまっすぐな道筋に沿って進むのです。地球が太陽のまわりを回るのは、何かに引っぱられているからではありません。太陽のまわりの曲がった時空では、地球にとっていちばんまっすぐな道筋が閉じて、軌道になるからです。

時間もこの布地の一部です。質量に近い時計ほど、ゆっくり時を刻みます。その効果はわずかですが、確かに存在します。地球の質量から離れたGPS衛星の時計は、地上の時計より1日に約45マイクロ秒進みます。一方、衛星自身の軌道速度によって7マイクロ秒遅れます。この差を無視すると、位置は1日に約10キロメートルずつずれていってしまいます。

ここがポイント

時空は物質に動き方を教え、物質は時空に曲がり方を教える。(ジョン・ホイーラー)

Gμν = (8πG / c⁴) Tμν
1915
アインシュタインが一般相対性理論を発表
38 µs
GPS衛星の時計が1日に進む正味の時間
ゴムシートのたとえ:質量が格子をへこませ、月がそのくぼみのまわりを転がります。実際の時空の曲がりは時間も曲げるので、あくまでたとえですが、考え方の核心はとらえています。
レッスン 02全11回

光さえ逃げられない重さ

どんな質量でも、十分に小さく押し縮めれば、何ものも這い上がれなくなります。

ボールを上に投げると、やがて落ちてきます。しかし、地球の脱出速度である秒速11.2キロメートルより速く投げれば、二度と戻ってきません。脱出速度は、質量の大きさと、その質量にどれだけ近いかで決まります。質量はそのままで地球を小さく押し縮めていくと、表面での脱出速度は上がっていきます。

1783年、イギリスの牧師ジョン・ミッチェルは、ある星がとても小さく凝縮していて、脱出速度が光速を超えていたらどうなるかを考えました。その星の光は決して外へ出られません。つまり「暗い星」です。アインシュタインの理論は、この考えを厳密なものにしました。1916年、カール・シュワルツシルトは、1つの質量のまわりの時空を表す解を見つけます。その解には臨界となる大きさが含まれていて、現在ではシュワルツシルト半径と呼ばれています。どんな質量でも、この半径の内側まで押し縮めれば、ブラックホールが生まれるのです。

ここがポイント

あらゆる質量にシュワルツシルト半径があります。その大きさは、太陽1個分の質量あたり約3キロメートルです。

rs = 2GM / c²
天体を選んでください。身近な物体はシュワルツシルト半径まで縮めた姿を、実在のブラックホールは太陽系の惑星の軌道と比べた大きさを示します。
レッスン 03全11回

ブラックホールの誕生

巨大な星が燃料を使い果たすと、重力が勝利します。

星は、力のつり合いの上に成り立っています。重力はガスを内側へ引き込み、中心核で起こる核融合の熱がそれを押し返します。燃料が尽きると、このつり合いが崩れます。太陽のような星は縮んで白色矮星になり、それ以上押し縮められまいとする電子の力によって支えられます。

太陽の約8倍より重い星は、超新星爆発で一生を終えます。鉄でできた中心核が、1秒足らずで崩壊するのです。たいていの場合、中心核は中性子星になります。しかし、残ったものの質量が太陽の約2〜3倍を超えると(太陽の約20倍以上の星ではそうなりやすいのですが)、中性子でさえ支えきれず、自らのシュワルツシルト半径の内側へと落ち込みます。こうして恒星ブラックホールが誕生します。その質量は、たいてい太陽の5〜50倍です。

大きな銀河の中心には、太陽の数百万〜数十億倍も重い、超大質量ブラックホールもあります。私たちの天の川銀河にあるいて座A*の質量は、太陽の約430万倍。天文学者たちは30年以上にわたって、そのまわりを回る星々を追いかけ、この質量を量りました。こんな巨大なブラックホールが、宇宙の歴史のこれほど早い時期に、どうやってここまで大きく育ったのか。それはいまも謎のままです。

ここがポイント

ブラックホールには大きく2つの種族があります。死にゆく星が残す恒星ブラックホールと、銀河の中心にある超大質量ブラックホールです。

約1億
天の川銀河にあると推定される恒星ブラックホールの数
430万倍
天の川銀河の中心、いて座A*の質量(太陽比)
大質量の星、中心核の崩壊、超新星爆発、そして後に残るブラックホール。時間の尺度は極端に縮めてあります。星は数百万年生きますが、崩壊は1秒にも満たない時間で終わります。
レッスン 04全11回

事象の地平面

一度しか越えられない境界。

シュワルツシルト半径は、事象の地平面の位置を示しています。地平面は物体の表面ではありません。そこを通り抜けて落ちていく宇宙飛行士は、何も見つけないでしょう。そこは「引き返せない地点」なのです。その外側なら、十分に強力なロケットがあれば、まだ脱出できます。しかし内側では、光でさえ、どの道筋をたどってもさらに奥へと進むしかありません。

これを川にたとえて思い描くこともできます。空間は滝へ向かう水のようにブラックホールへと流れ込み、進むほど速くなっていきます。光はその流れの中を、光速で泳いでいます。遠く離れた場所では流れが弱く、光はたやすく泳ぎ去ることができます。地平面では流れの速さが光速に達し、外へ向かう光はその場で立ち止まります。その内側では、つねに流れが勝つのです。

時間も同じことを物語ります。遠くから見ると、落ちていく時計は地平面に近づくにつれて、どんどんゆっくり時を刻むようになります。その光はしだいに赤く暗くなり、ついには見えなくなります。まるで境界で凍りついたかのようです。しかし、時計を持っている宇宙飛行士本人はそのどれにも気づかず、有限の時間で地平面を越えていきます。

ここがポイント

質量の近くでは時計がゆっくり進み、その進み方の比率は地平面でゼロになります。

dτ / dt = √(1 − rs / r)
川のモデル。点は内側へ流れ込む空間、矢印は外向きに放たれた光です。地平面の外では光はゆっくりとしか進めず、地平面ではその場に止まり、内側では押し流されていきます。
レッスン 05全11回

光子球とシャドウ

光はブラックホールのまわりを周回できます。その結果、空に穴があくのです。

シュワルツシルト半径の1.5倍の距離では、重力が光を円く曲げます。これが光子球です。この軌道は、先端で立てた鉛筆のように不安定です。ほんのわずかにつつかれただけで、光はらせんを描いて落ち込むか、遠くへ飛び去ってしまいます。もしそこに立つことができたら、自分の後頭部が見えるでしょう。

遠くからやってくる光のうち、中心からある臨界距離より内側をねらって進む光は、光子球の下へもぐり込み、のみ込まれてしまいます。外から見ると、そうして失われた光線が集まって、暗い円盤をつくります。これがブラックホールのシャドウです。重力によって拡大されるため、シャドウの幅は地平面そのものの約2.6倍になります。ぎりぎりでのみ込まれずにすんだ光は、通り過ぎる途中でブラックホールのまわりを回り、シャドウの縁に細く明るいリングとなって積み重なります。

2019年、地球規模に広がる電波望遠鏡のネットワーク、イベント・ホライズン・テレスコープが、5500万光年かなたにあるブラックホールM87*のシャドウを撮影しました。2022年には、いて座A*でも同じことをなしとげています。地球から見たそのリングの大きさは、月面に置いたドーナツと同じくらいです。

ここがポイント

光子球は1.5 rsの位置にあります。空に映るシャドウの半径は約2.6 rsです。

bc = (√27 / 2) rs ≈ 2.6 rs
左から来る光線を、シュワルツシルトの方程式で計算したもの。臨界距離(破線)より内側をねらった光線はとらえられ、ぎりぎりでそれた光線は、まずブラックホールのまわりをひと回りします。
レッスン 06全11回

降着円盤

ブラックホールそのものは見えません。しかし、そこへ落ちていくガスは、宇宙で最も明るい天体の1つです。

ブラックホールは、それ自体では光を出しません。私たちが見ているのは、落ち込んでいく途中の物質です。伴星や、混み合った銀河の中心部からやってきたガスは、まっすぐには落ちられません。排水口のまわりを回る水のように横向きの動きを保ったまま、平たく回転する円盤に落ち着きます。

円盤の内側は外側よりずっと速く回るので、隣り合うガスの輪どうしがこすれ合います。もつれた磁場が摩擦のようにはたらいてガスを数百万度に熱し、ガスはゆっくりとらせんを描いて内側へ進みます。内縁では、光速の半分もの速さで動いています。

その内縁が、最内安定円軌道(ISCO)です。回転していないブラックホールでは、シュワルツシルト半径の3倍の位置にあります。それより内側には安定な軌道がなく、ガスは地平面へ一気に落ち込みます。そこに着くまでに、ガスは質量の約6%を光に変えます。高速で回転するブラックホールのまわりでは、最大で約30%にもなります。核融合では0.7%にすぎません。超大質量ブラックホールを動力源とするクエーサーが、母銀河全体よりも明るく輝くのはこのためです。

ここがポイント

水星が海王星より速く公転するように、内側の軌道ほど速く回ります。そのあいだの摩擦がガスを熱し、エネルギーを奪っていきます。

v = √(GM / r)
6〜30%
ガスの質量のうち光に変わる割合
0.7%
太陽の核融合の場合
上から見た円盤。それぞれの輪が独自の速さで回り、内側ほど速く回ります。破線のISCOより内側では、ガスはらせんを描いてブラックホールへ落ち込みます。
レッスン 07全11回

円盤が上に回り込んで見えるわけ

『インターステラー』でおなじみのあの姿は、重力がレンズとしてはたらいた結果です。

重力がなければ、球のまわりの円盤を横から見ると平たい楕円に見え、奥側の半分は球に隠れてしまいます。ブラックホールは、その奥側の半分から私たちへ届く光を曲げます。奥の円盤の上面を出た光は、シャドウの上を越えるように曲げられ、下面からの光はシャドウの下側へ曲げられます。そのため私たちには、円盤の奥側が2回見えるのです。上にかかるアーチとして、そして下側の、より細いアーチとして。

円盤そのものは少しも曲がっていません。平たく薄いままです。曲がっているのは光だけです。視点を変えると、見え方も変わります。真上から見ると、円盤の奥側はシャドウのまわりをぐるりと囲むリングになります。

ここがポイント

ブラックホールはレンズです。その向こうにあるものを引き伸ばし、拡大し、しばしば何重にも映し出します。

同じ平たい円盤を、光の曲がりがない場合とある場合で比べたもの。ボタンを押すと切り替わります。
レッスン 08全11回

片側だけが明るく輝く

猛スピードで動くガスは光を前方へ集中させ、重力はその光のエネルギーを奪います。

内縁の近くでは、円盤は光速のかなりの割合の速さで動いています。片側は私たちに近づき、反対側は遠ざかっています。相対性理論では、この違いがとても大きな意味をもちます。近づいてくる側の光は青い色へずれ、前方へのビームに集中するので、ずっと明るく見えます。遠ざかる側は、赤く暗く見えます。明るさはドップラー因子のおよそ4乗に比例するので、色のわずかな変化が、明るさの大きな変化になるのです。

さらに、ブラックホールの重力から這い上がってくる光はエネルギーを失い、赤い色へずれます。これが重力赤方偏移です。最も内側にある、いちばん熱いガスは、実際よりも冷たく暗く見えます。

『インターステラー』では、これらがすべて省かれました。制作陣は、片寄ったブラックホールで観客が戸惑わないよう、円盤を左右対称にしたのです。このシミュレーションでは、どちらも選べます。シネマティックモードでは色合いを1つに保ち、物理モードでは円盤の各部分を、それぞれの黒体温度に応じた色へずらします。

ここがポイント

見え方は、光源がどれだけ速く動いているか、そして重力の井戸のどれだけ深くにあるかで決まります。その両方が、1つのずれの因子gにまとめられます。

Iobs = g⁴ · Iemit
実際の色で見たブラックホール。左側がより明るく、より青く見える
スピン0.95での本当の色。左側のガスは私たちに近づき、青白く強められます。右側のガスは遠ざかり、オレンジ色に薄れていきます。
レッスン 09全11回

スピン

現実のブラックホールは回転していて、まわりの時空を引きずっています。

星は自転しています。崩壊する中心核は、腕を縮めたフィギュアスケーターのように回転を速め、ブラックホールはその回転を受け継ぎます。1963年、ロイ・カーは、回転するブラックホールを表す厳密解を発見しました。『インターステラー』のブラックホールも、このシミュレーションのブラックホールも、まさにこの種類の回転するブラックホールです。

回転するブラックホールは、まわりの空間を一緒に引きずって回します。これを慣性系の引きずりといいます。ブラックホールに近いところでは引きずりがとても強く、何ものも静止していられません。エルゴ球の中では、全力で噴射するロケットでさえ、回転と一緒に運ばれてしまいます。地平面は小さくなり、回転と同じ向きに周回するガスは、落ち込む前にずっと近くまで回れるようになります。そのため円盤はより内側まで届き、より熱く輝きます。

スピンはシャドウも変えます。こちらへ向かって回転している側を通る光は後押しされて、より近くまで寄ることができます。一方、反対側を通る光は押し戻されます。スピンが大きいと、シャドウの片側の縁が平らになり、シャドウ全体が横にずれます。

ここがポイント

スピンはa/Mで表し、0(回転なし)から1(考えられる最速)までの値をとります。理論によれば、現実のブラックホールは0.998付近で頭打ちになります。

r₊ = M + √(M² − a²)
回転するブラックホールを横から見た断面。スライダーを動かすと、地平面は縮み、エルゴ球は赤道で外へふくらみます。回転と同じ向きに周回する円盤はより内側まで届き、逆向きに周回する円盤はより外側にとどまります。
レッスン 10全11回

スパゲッティ化

足から落ちると、重力は頭よりも足を強く引っぱります。

重力は距離とともに弱まるので、物体の近い側を、遠い側よりも少しだけ強く引っぱります。地球上では、この差は体の頭と足のあいだでは小さすぎて感じられません。地球全体の規模では、月によるこの差が海の潮の満ち引きを起こします。ブラックホールの近くでは、それが途方もなく大きくなります。落ちていく宇宙飛行士は頭から足の方向に引き伸ばされ、横からは押しつぶされます。まるでスパゲッティのように。

意外なことに、危険なのは小さなブラックホールのほうです。太陽の10倍の質量のブラックホールに落ちると、足と頭にかかる引力の差は、地平面で2,000万gに達します。地平面にたどり着く数百キロメートルも手前で、体はばらばらに引き裂かれてしまうでしょう。いて座A*では、地平面での差は約1万分の1 gにすぎません。何も感じないまま、地平面を越えていくはずです。

星も同じ運命をたどります。超大質量ブラックホールに近づきすぎた星は、細長いガスの流れへと引き伸ばされ、その一部が落ち込んで、何か月も続く閃光を放ちます。これが潮汐破壊現象です。

ここがポイント

引き伸ばす力は、近づくほど距離の3乗に反比例して強まります。地平面での強さは、質量の2乗に反比例して弱まります。

Δa ≈ 2GM·L / r³
2,000万 g
太陽10倍のブラックホールの地平面で
0.0001 g
いて座A*の地平面で
小さなブラックホールへ落ちていく宇宙飛行士は、落ちる方向に引き伸ばされ、それと直角な方向に押しつぶされます。
レッスン 11全11回

ブラックホールは永遠に存在するのか

ほとんど永遠です。ただし量子力学によって、ごくかすかに光を放ちます。

1974年、スティーヴン・ホーキングは、地平面の近くで起こる量子効果によってブラックホールがかすかな熱放射を出し、少しずつ質量を失うことを示しました。ブラックホールは大きいほど冷たくなります。太陽と同じ質量のブラックホールの温度は、絶対零度よりわずか約1億分の6度高いだけ。ビッグバンの残光である2.7 Kの宇宙背景放射よりも、はるかに冷たいのです。そのため現在、知られているすべてのブラックホールは、放射するより多くのエネルギーをのみ込み、成長し続けています。

宇宙がブラックホールよりも冷えた、はるか遠い未来になって初めて、ブラックホールは縮み始めます。太陽1個分のブラックホールが蒸発するには約10⁶⁷年、最大のものでは約10¹⁰⁰年かかります。ホーキング放射はまだ観測されていませんが、重力と量子力学がどうつながるのかを解き明かすための、最も奥深い手がかりの1つであり続けています。

ここがポイント

ブラックホールの温度は、質量に反比例します。小さいほど熱いのです。

T = ħc³ / (8πGMkB)
60 nK
太陽1個分のブラックホールの温度
2.7 K
宇宙マイクロ波背景放射の温度
10⁶⁷年
太陽1個分のブラックホールが蒸発するまでの時間
地平面で粒子のペアが生まれ、片方がホーキング放射として逃げ出します。これは一般向けによく使われるイメージで、実際の計算を単純化したものです。
第2部

光をたどる

ブラックホールを描くには、目に届くすべての光線がどこから来たのかを知る必要があります。平坦な空間なら簡単です。光はまっすぐ進むからです。ところがブラックホールの近くでは、光は前のレッスンで見た曲がった経路をたどるため、描くこと自体が計算になります。

光を逆向きにたどる

レイトレーシングは、光を逆向きに追跡する手法です。カメラから1ピクセルにつき1本の光線をシーンに放ち、曲がった幾何の中を少しずつ進めていきます。地平面を越えて落ちれば、そのピクセルは黒。円盤を横切れば、ドップラー効果と重力によってずれた円盤の輝きを受け取ります。逃げ出せば、最後に抜けていく方向の空の色になります。

太陽の近くでは曲がりはごくわずかで、太陽の縁をかすめる星の光でも1.75秒角、およそ2000分の1度にすぎません。ブラックホールの近くでは、この曲がりが目に見えるすべてを形づくります。

カメラ星々へ逃げる上側に回り込む円盤に当たる捕獲:シャドウ光子球

カメラから出た光線を横から見たところ。ブラックホールの近くを狙うと光は捕らえられてシャドウになり、少し外側を狙うと光は上側に回り込むように曲げられ、円盤の向こう側が見えるようになります。

リアルタイムで動かすために

曲がった時空の中で光を追跡するのは、計算の負荷が大きい処理です。そこで作業を分け、重い部分は一度だけ計算し、動くものはすべて軽い処理で済ませています。だからこそ、ブラウザのタブの中でも4Kのまま動かせるのです。

  1. 01
    追跡

    4Kフレームの830万ピクセルそれぞれについて、4次のルンゲ=クッタ法で光線を曲がった時空の中で逆向きに積分し、落ち込むか、円盤を横切るか、逃げ出すまで追いかけます。最新のGPUなら、1フレーム全体でおよそ1秒です。

  2. 02
    キャッシュ

    結果は、各ピクセルの光がどこから来たのかを記録した「レイマップ」として保存します。ワームホールとブラックホールへの落下ではさらに一歩進み、対称性を利用して、ありうるすべての光線を、一度だけ計算する1枚のテーブルに収めています。

  3. 03
    シェーディング

    あとは各フレームで値を参照するだけです。回転する円盤の位置、そのドップラーシフトと重力によるシフト、そしてその温度の黒体の色を、事前に計算したスペクトルのテーブルから求めます。

  4. 04
    露出

    光は、かすかな星から燃えるように明るい円盤の内側まで、ハイダイナミックレンジのまま保持し、フィルムのようにブルームとトーンマッピングをかけます。星々は、NASAによる16KのHDR天の川銀河マップを使っています。

第3部

シミュレーション

飛び込んで体験できる4つの実験です。どれもブラウザ上で最大4Kのリアルタイムで動作します。設定はすべて変更でき、どの視点もリンクとして共有できます。

ブラックホール
スピン0.215のブラックホールを、降着円盤のすぐ上から見たところ。
シミュレーション I · 一般相対性理論
I

ブラックホール

星1つ分の質量が、光さえ逃げ出せないほど小さく押し込められた天体。

『インターステラー』に登場するブラックホール、ガルガンチュアは、回転するブラックホールです。質量は時空を曲げ、つねにできるかぎりまっすぐな道筋をたどる光は、その曲がりに沿って進みます。ブラックホールの近くでは曲がりがとても強く、光はそのまわりを周回したり、裏側へ回り込んだり、二度と戻らず落ち込んだりします。

ここに表示されるピクセルの1つ1つは、カメラから逆向きに、ブラックホールのまわりの曲がった時空の中をたどった光線です。光線が事象の地平面を横切れば、そのピクセルは黒くなります。これがシャドウです。ブラックホールを周回する高温ガスの薄い円盤を横切れば、光線は円盤の輝きを拾います。その色と明るさは、ガスの速さと重力そのものによってずれています。

シミュレーションを開く
何が見えているのか
シャドウ
光があなたに届かない方向のすべて。ブラックホールの近くを通る光もとらえられるため、その幅は事象の地平面の約2.5倍あります。
上にかかるアーチ
ブラックホールの向こう側にある、円盤の奥側の部分。その光はシャドウの上を越えるように曲げられるため、円盤がシャドウを包み込んでいるように見えます。
細いリング
光子球をかすめ、ブラックホールのまわりを回ってから逃げ出した光。周回が1回増えるごとに、像はより細く、より暗くなります。
片側が明るい
片側のガスは、光速のかなりの割合の速さであなたに向かって突き進んでいます。相対論的ビーミングによってその光は前方に集中するため、近づく側は遠ざかる側よりも明るく輝きます。
物理のしくみ
光はヌル測地線をたどる
ds² = gμν dxμ dxν = 0
光線に沿った時空の間隔はゼロ。計量gが時空の曲がりを表します。
事象の地平面
r₊ = M + √(M² − a²)
aは単位質量あたりのスピン。a = Mのとき、ブラックホールは考えられる最大の速さで回転しています。
円盤の明るさ
Iobs = g³ · Iemit , g = νobs / νemit
Iν/ν³は光線に沿って保存されるため、赤方偏移gが色と明るさの両方を決めます。
ブラックホールの中へ
地平面のすぐ内側。下に見える黒い領域も、まだ空の一部にすぎず、そのまわりを青方偏移した光が縁どっています。
シミュレーション II · 一般相対性理論
II

ブラックホールの中へ

事象の地平面を越える片道旅行で、実際に目にする光景。

ブラックホールに落ちたら、何が見えるのでしょうか。ブラックホールのまわりでは、空間が川のように内側へ流れ込んでいます。その流れは近づくほど速くなり、地平面では光速に達します。遠くから落とされたあなたはこの流れと一緒に運ばれるので、何も感じないまま地平面を越えます。境界には何の目印もありません。越えた後になって初めて、あらゆる道筋が特異点へ向かうようになるのです。

ここでは、カメラが回転していないブラックホールへまっすぐ落ちていきます。ブラックホールは完全な球形なので、光線の道筋はあなたの位置する距離と、見る角度だけで決まります。そこで、ありうるすべての光線を一度だけ追跡して表にまとめています。落下は、あなたが見る色も変えます。下からの光は青方偏移し、上からの光は赤方偏移します。そのずれの大きさは、重力とあなた自身の速さの両方で決まります。

シミュレーションを開く
何が見えているのか
下に見える黒い領域
光があなたに届かない方向のすべて。落ちるにつれて広がりますが、地平面を越える瞬間でも、直径約84°の円にすぎません。地平面はいつも前方にあるように見えるのです。
その縁のリング
地平面の半径の1.5倍にある光子球をかすめた光。あなたはそこへ向かって落ちているので、光は青方偏移して青白く輝きます。
内側
特異点はもはや下にある場所ではなく、あなたの未来にある瞬間です。遠くから落とされた場合、地平面を越えてから、あなた自身の時間で4GM/3c³後に特異点に達します。いて座A*なら約28秒です。
最後の眺め
特異点の近くでは、頭上の空は深い赤へと暗くなり、横からの光は、あなたのまわりを囲む細く強烈に青い帯へと押しつぶされます。
ホバリングする場合
強力なロケットで地平面のすぐ外にとどまっている人には、まったく別の光景が見えます。外の宇宙全体が、頭上の小さな円の中に押し込まれ、青方偏移してまばゆく輝くのです。
物理のしくみ
空間の川
v = √(2GM / r)
空間が内側へ流れ込む速さであり、遠くから落とされたものの速さでもあります。地平面r = 2GM/c²でcに達し、その内側ではcを超えます。
空の色
D = 1 / (1 + (v/c) cos α)
αは真上から測った角度。この因子は、重力とあなた自身の落下の効果を厳密に組み合わせたものです。下は青く、上は赤くなります。
残り時間
τ = (2/3) · r^(3/2) / √(2GM)
特異点に達するまでの、あなた自身の時間。地平面からなら4GM/3c³で、いて座A*では約28秒、M87*では約12時間です。
ワームホール
入り口に近づくところ。内側には遠くの銀河が見え、そのまわりには私たちの空がリング状に巻きついています。
シミュレーション III · 一般相対性理論
III

ワームホール

時空を貫くトンネル。別の銀河をのぞく水晶玉のように見えます。

ワームホールは、遠く離れた2つの空間の領域を近道でつなぎます。物理学者キップ・ソーンとともに設計された『インターステラー』のワームホールは、なめらかで球対称なトンネルで、3つの数で表されます。スロートの半径ρ、スロートの長さ2a、そしてMで決まるレンズ効果の幅です。

外から見ると、ワームホールは球のように見えます。トンネルを通り抜けてきた光が向こう側の景色を運んでくるので、球の中には別の銀河が見えます。一方、入り口をかすめる光は、あなたの背後の空をリング状に巻きつけます。形がとても対称なので、光線の運命はたった2つの数で決まります。そこで、ありうるすべての光線を一度だけ積分して表にまとめ、カメラがそのまま通り抜けられるようにしています。

シミュレーションを開く
何が見えているのか
球
ワームホールの入り口。その中には、スロートを通って重力レンズで曲げられた、向こう側の空が見えます。
まわりのリング
入り口のまわりで曲げられた、あなた自身の空からの光。縁に近いほど、何重にも巻きついています。
スロートの内部
壁には両方の空が、トンネルに沿って引き伸ばされて映っています。通り抜けるあいだ、カメラは壁のほうを向きます。
振り返る
向こう側から見ると、今度は球の中に、あなたのふるさとの銀河が見えます。
物理のしくみ
幾何学
ds² = −dt² + dℓ² + r(ℓ)² dΩ²
ℓはトンネルを通って進んだ距離、r(ℓ)はその地点での球の大きさです。
形
r(ℓ) = ρ + M [ x·arctan x − ½ ln(1 + x²) ]
スロートの外ではx = 2(|ℓ| − a) / πM、スロートの内部ではr = ρ。
通り抜ける光線
b = r · sin α < ρ
衝突パラメータbは光線に沿って保存されます。bがスロートより小さい光線だけが通り抜けられます。
光速に迫る
0.99cでは、銀河全体が前方の細い帯に押し込まれ、青方偏移します。
シミュレーション IV · 特殊相対性理論
IV

光速に迫る

天の川銀河の中心へ向かって飛び、前方に空が押し寄せてくるのを眺めましょう。

質量をもつものは光速に達することはできませんが、いくらでも近づくことはできます。近づくにつれて、空は3つの点で同時に変化します。走っていると雨が前から斜めに降ってくるように見えるのと同じく、光行差は景色を前方へ押し縮めます。ドップラー効果は、前方の光を青い色へ、後方の光を赤い色へずらします。そしてビーミングによって、前方の景色は明るく、後方の景色は暗くなります。

ここでの速さは、ラピディティηで設定します。速さはv = c·tanh ηです。ラピディティは単純に足し算できるので、スライダーを同じ幅だけ動かすと、エンジンで同じだけ押されたように感じられます。vがどれほどcに近づいても、それは変わりません。船内の時間と銀河の時間は別々に数えます。高速では、船内での1秒ごとに、ふるさとでは何年もの時が過ぎていきます。

シミュレーションを開く
何が見えているのか
前方の明るい円錐
まわりじゅうからの星の光が、前方へ押し寄せます。0.99cでは、前方にあったものすべてが、直径わずか16°の円の中に収まります。
色のずれ
前方の星は青方偏移し、後方の星は赤方偏移します。そのずれはドップラー因子Dで決まります。
後方の暗闇
ビーミングによって後方の景色は大きく暗くなり、高速では後ろの空がほとんど消えてしまいます。
通り過ぎる星々
立体的に配置された近くの星々が、本物の視差を伴って流れ去っていきます。その姿も同じ光行差で引き伸ばされます。
物理のしくみ
ラピディティから速さへ
β = v/c = tanh η , γ = cosh η
ラピディティは普通の数のように足し算できますが、速さはそうはいきません。
光行差
tan(θship / 2) = e−η · tan(θgalaxy / 2)
進行方向から測った角度は、ηが大きくなるほど小さくなります。
ドップラー因子
D = γ (1 + β cos θgalaxy)
温度Tの星は、温度D·Tの星とまったく同じに見えます。黒体の光は黒体の光のままです。
用語集

知っておきたい言葉

シュワルツシルト半径
ある質量がブラックホールになるために、押し縮められなければならない大きさ。rₛ = 2GM/c²で、太陽1個分の質量あたり約3 km。
事象の地平面
ブラックホールの境界。その内側にあるものは、光も含めて、決して外へ出られません。
特異点
ブラックホールの中心で、一般相対性理論が無限大の密度を予言する場所。本当に無限大なのではなく、理論が破綻する場所を示していると考えられています。
光子球
光がブラックホールのまわりを円軌道で周回できる半径。この軌道は不安定で、わずかにつつくと光は内側か外側へ外れます。
シャドウ
ブラックホールが空に落とす暗い領域で、光が届かない方向のすべて。幅は地平面の約2.6倍です。
降着円盤
ブラックホールへらせんを描いて落ち込んでいく、平たいガスの円盤。摩擦で熱せられて光を放ちます。
ISCO(最内安定円軌道)
ガスが落ち込む前に周回できる、最も内側の安定な円軌道。回転と同じ向きに周回するガスでは、スピンによって内側へ移ります。
慣性系の引きずり
回転する質量は、まわりの時空を一緒に引きずって回します。そのため、回転するブラックホールの近くでは、何ものも静止していられません。
エルゴ球
回転するブラックホールの地平面のすぐ外側にある領域。慣性系の引きずりがあまりに強く、何ものも静止していられません。
スパゲッティ化
落下する物体が潮汐力によって引き伸ばされること。重力が、物体の近い側を遠い側よりも強く引っぱるために起こります。
ホーキング放射
量子効果によって、あらゆるブラックホールが出すと考えられている、かすかな熱放射。これによってブラックホールはゆっくりと蒸発します。
重力レンズ
質量によって光が曲げられること。背後にあるものを拡大したり、ゆがめたり、いくつにも分けて見せたりします。
重力赤方偏移
重力の井戸から這い上がる光がエネルギーを失い、赤い色へずれること。
相対論的ビーミング
近づいてくる光源はより明るく、遠ざかる光源はより暗く見える現象。その差は、日常で見かけるドップラー効果をはるかに超えます。
自由落下
ロケットや地面に押し返されることなく、重力だけを受けて動くこと。落下する観測者は無重力状態になり、ブラックホールの地平面も気づかずに越えます。
アインシュタイン・ローゼン橋
理想化された永遠のブラックホールにある、もう1つの宇宙へ通じるトンネル。何かが通り抜けるより早く閉じてしまいます。また、星の崩壊でできる現実のブラックホールには存在しません。
スロート
ワームホールの最も細い部分。そこで球の半径が最小値ρになります。
ラピディティ
単純に足し算できる速さの尺度。η₁とη₂の2回の加速を合わせるとη₁ + η₂になりますが、速さtanh ηは決してcに達しません。
光行差
自分自身の運動によって、光がやってくる見かけの方向が変わること。